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愛用者インタビュー
ゲスト:志賀さま

担当者から聞いた“耳に痛い話”がきっかけとなり、
聞こえについて真剣に向き合うようになったという志賀さま。
背中を押した“耳に痛い話”について、伺ってみました。

■40代半ばで“80歳と同じくらい聞こえていない”宣言を受けて。

現在、55歳になる志賀さまには、28歳、24歳、20歳の三人の息子様がいらっしゃいます。
志賀さまの耳の聞こえが悪いことに気づいたのは息子さんたち。13年前のことでした。
「カミさんは声が大きいので、きちんと対応ができていたのですが、子どもたちの声には反応していなかったり、何度も聞き直していたんです。」

特定の周波数が聞き取れない状態になっており、そのため会話の途中で音が切れてしまうことが頻繁に起こっていたそうです。
なかでも長男は変声期を迎えていて、さらに多感な時期ということもあり、ぼそぼそと話し、言葉もハッキリしませんでした。
「おやじへの不満を聞いても仕方ないですからね。聞こえないことでラッキーくらいに思っていました」

当初は何を話していてもどこ吹く風の父親に怒りを覚えていた息子さんも、「お父さんはなぜ話を聞いてくれないのか」と、次第に心配になっていきました。
そんな様子を見ていた奥さまに促されて、聴力の検査に行ったのが42歳のときでした。

「あのころはまだ若く、自分は耳がいいと思っていたんです。ですから難聴であるはずがないし、難聴という結果を受けてもボタンの押し間違ったんだろうと、無意識に自分に言い聞かせているわけです。だから病院の検査結果も気にしていませんでした」
仕事では大きな影響がなかったため、自分の都合に置き換えていました。仕事で使う単語はある程度予想がつくこと、またイレギュラーな出来事も起こっていなかったことから、問題に気付き難かったともいえます。

志賀さまの生活は順風満帆ですが、ともに過ごす家族にとっては支障だらけの日々です。こんな生活が2~3年も続きました。
そして45歳のときに、大学病院で再び検査をしてもらったところ、医師から言われた言葉にショックを受けることになります。

80歳代の聴力と同じくらいです

「さすがに事態の重大さに気づき、難聴と向き合いました。この診察が補聴器について考え、購入するきっかけになったことも間違いありません。」

■新たな担当者からの耳の痛い話で“聞こえ”に向き合う。


そして2007年、45歳のときに近所にあったヒヤリングストア大森店(※現在、大森店はグランデュオ蒲田店に統合しております)の扉を叩きます。
しかし購入したものの、聞こえに対して真摯に向き合っているとはいえませんでした。
「難聴初心者にとって、補聴器から聞こえる音が苦痛なときがあります。たとえば体育館での講演会はそもそも音量が大きく反響しますよね。こういうときは補聴器をしない方が聞き取りやすかったです。」
また開放感のある喫茶店で5~6人で過ごすときは、遠くで食器同士がぶつかるガチャガチャという音はよく聞こえるのに、隣の人が何を話しているのかは聞こえないこともありました。
「2時間も着けていると苦痛になってしまう。ですから相手や状況に合わせてスポット的に、着けたり、外したりを繰り返していました」
これでは安定した聞こえを望むことはできませんし、慣れることもできません。
一向に補聴器を使いこなすことができないまま。

しかし2016年に転機が訪れます。新任の店長、本間との出会いです。
「聞こえるとはどういうことか丁寧に説明してくれました。補聴器は単に耳に付けるだけではないことを。家庭環境での聞こえの問題とか、そのとき初めて伺って大いに関心しました。でも一番私に響いたのは、聞こえない期間が長いと脳への影響もあるということでした。」

近年の研究では、脳に伝えられる情報が少ない状態になると認知症の発症に影響することが明らかになってきました。
また、2017年、国際アルツハイマー病会議では、難聴が認知症のもっとも大きな危険因子であるという発表もなされています。
(出典/http://www.jibika.or.jp/owned/hwel/news/001/)

志賀さまにとって耳の痛い話ばかりでしたが、このときの出会いが補聴器と向き合う決心をさせました。
一方、同席していた奥さまが本間を信頼したのは、家族の立場や気持ちを説明してくれたことだと話してくれました。

「ご主人様が、ご家族を軽んじて“自分に合わせろ”という自分本位になったり、また聞こえの悪さからコミュニケーション不足になり、そこから夫婦不和や家族不和に発展していってしまうように見えました。」と本間は当時を振り返ります。


「本間さんは、自分はさまざまな人や、多くの過程を見てきた。だからこそ、自分自身のためにも、家族のためにも、補聴器を使って聞こえる毎日にしてほしい、と親身になって説明してくれました。」
「難聴に向き合うのがイヤで、毎日一緒にいる家族の想いを聞こうとしなかったんですから、自分本位と言われても仕方ないですね」

■聞こえるからこそ楽しめる家族とのコミュニケーション

そしてもうひとつ、補聴器と真剣に向き合おうと思った出来事を話してくれました。
志賀さまは本間と出会った当初、説明は理解していても装着し続けることに身体が慣れず、着けたり外したりを繰り返していたそうです。

「クルマで、補聴器を外していたところに電話がかかってきたんです。話しながら車外に出たとき、補聴器を落としたことに気づかなかったんですね。電話を切ってさて出発と発進したら、補聴器を轢いて壊しちゃった。なんとも罰が当たったような気分になりました。この時です、心を入れ替えたのは(笑)」

教訓として壊れた補聴器は取っておいてあるそうです。以来、補聴器は常に志賀さまの耳の中にあります。
そして、朝起きたら、メガネをかけて、補聴器をつける。これが志賀さまのルーティーンになりました。
「何しろ、補聴器をつけないとカミさんが話をしてくれないんですよ」と苦笑いの志賀さまですが、奥さまが強力かつ協力なサポーターとなってくれているようです。

補聴器は決して安い買い物ではないが、値段以上の便利をくれるモノと志賀さま。

「自分の耳内の形状に合わせて作ってくれて、聞こえ方も私に合わせて調整してくれる。すべてがオーダーメイドですからね。5年間使うと思えば、1日数百円で便利を買っているという計算になりますから、むしろ安い買い物といえるかもしれません」

志賀さまと店長の本間。
「本間さんと出会うまで、難聴の深刻さがわかっていませんでした。おかげでいまは着けていること、聞こえることが当たり前になりました」と話す志賀さま。

いまは志賀さまが補聴器を使用していることに気づかない人も多いそうです。
ただ、「聞こえることが当たり前になって、以前より補聴器に対して感謝の気持ちを忘れてしまったかも」とポツリ。
これは補聴器が日常になっているという証でもあります。私たちにとって、もっとも嬉しい言葉をいただけました。

「子どもたちが多感な時期に、彼らの話や声をちゃんと聞いてあげていないんです」と残念そうに振り返ります。
ただし、現在は「息子たちも20代になって、人生が目まぐるしく変わる時期を迎えています。三人には卒業や就職、恋人だ、結婚だと、次々にいろいろなことが起こっていて、父としてもなかなか大変です。でもこうした彼らの人生に一員として加われているのは補聴器のおかげかなと思っています」と笑顔を見せてくれました。

 

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