ローディング
voice

07

愛用者インタビュー
ゲスト:日野皓正さま

ジャズ・トランペット奏者。1942年、東京都生まれ。9歳からトランペットをはじめ、13歳のころには米軍キャンプのダンスバンドで活動を始める。1967年、初めてのリーダーアルバムをリリース。以降、実力とルックスを備えたミュージシャンとして一躍トップミュージシャンに。1975年、アメリカへ渡り、ニューヨークに居を構える。その後、数々のトップミュージシャンと活動を共にし、1989年にはジャズの名門レーベル『ブルーノート』と契約。日本人初の契約アーティストとなる。2001年芸術選奨「文部科学大臣賞」受賞。2004年紫綬褒章、文化庁芸術祭「レコード部門 優秀賞」、毎日映画コンクール「音楽賞」受賞。また近年はチャリティー活動や後進の指導にも情熱を注ぎ、個展や画集の出版など絵画の分野でも活躍が著しい。“ゴルフを通じて社会貢献を”との想いで2009年に青木功、王貞治、日野皓正でスタートした『ザ・レジェンド・チャリティプロアマトーナメント』では過去10年間で約4億円を病と闘う子ども達の支援や、熊本地震、東日本大震災で家族を失った孤児や遺児を支援する団体などに寄付している。

責任感があれば、補聴器を使うことにネガ ティブでいられない

清水:日野さんがヒヤリングストアにおいでになったのは8年ほど前でした。フラ~ッと入って来られたんですよ。田舎者ですから「うわ~っ、テレビの人だ~っ」と興奮して、ドキドキしたのを覚えています。実はお店に来店いただいた最初の芸能人だったんです(笑)

日野:フラ~ット(♭)ね、シャープ(♯)も好きだよ(笑) 芸能人なんてたいそうなものじゃないよ。当時使っていた補聴器の調子が悪かったこともあって、看板に補聴器とあったんで、これは修理してもらおうと思ったんだ。

清水:とくに打ち合わせのときに聞きづらいことから、補聴器をお使いになっているというお話でしたね。

日野:しかも別な会社の製品(笑) それでもメンテナンスしてもらったんだよね。

清水:日野さんのように音楽をやっている方にとって耳は商売道具です。補聴器を使うということに対して、イメージもあるでしょうし、自分が補聴器ユーザーだと言うのは対外的にも勇気が必要ではないですか?

日野:そんなところでカッコつけたってしょうがない。あるがままだよ、自然体が一番だからね。オレが難聴になったのは、間違いなく職業病といえるよね。いまのミュージシャンはいい耳栓が揃っているみたいだし、使っている人も多いようだからいいけど、オレらの世代はそういうことに本当に無頓着でね。1975年からニューヨークに住んでいるけど、あのころのアメリカのミュージシャンだって耳栓なんて着けてなかった。でも、耳は乱暴に使っちゃダメだね。

清水:左の方が聞こえが良くないのですが、理由はあるんですか?

日野:演奏するときの立ち位置も関係しているんだけれど、オレの左にはたいてい弟がいた(日野元彦さん。ジャズ・ドラマー)。シンバルの音はとてもハイトーンでね、キーンとくるんだ。やはり耳にはいいとはいえない。だから左がダメになるのは早かったし、いまも右に比べて左の聞こえは悪いね。補聴器は音色が変わってしまうので、ステージでは使ってはいないけれど、やっぱり家ではね、どんどんテレビの音が大きくなってしまって。最初に店に行ったころは、家族に「テレビ、うるさいよ!」と繰り返し言われるようになっていて、何かしなくちゃなと思っていたから、余計に補聴器の文字が目にはいったんだろうな。

清水:世界の日野皓正も、日本のお父さんたちみたいに、家族に叱られるんですね(笑)

日野:一緒だよ、一緒(笑)

清水:日野さんの原因は明らかですが、65歳以上の約半分が何らかの難聴があると言われています。それでも日本人が補聴器を着けないのは、阿吽の呼吸で物事が進むことを美徳としているところもあります。

日野:オレは若い世代がヘッドフォンを無頓着に使ってるのを見ると心配になるよね。難聴になるんじゃないかとね。将来のためにも啓蒙は必要だよ。だから若い世代のミュージシャンでもアイドルでも、補聴器を使っている人がいるなら、声をあげた方がいい。若いとカッコ悪いとか、自分のことをさらけ出すのはイヤなものだけど、あるがままを伝えなきゃいけないよ。演歌の世界にも補聴器のお世話になっている人はいるし、耳が商売といわれる音楽業界から、ユーザーだと声を挙げる人に出てきてもらいたいね、悪いことじゃないんだから。

清水:アメリカの歴代の大統領、ロナルド・レーガン氏、父ジョージ・ブッシュ氏、ビル・クリントン氏は現役のときから補聴器を使っていると明言しています。とくに、ビル・クリントン氏は今も補聴器メーカーと一緒に啓蒙活動を積極的におこなっています。アメリカでは60歳を超えたら聞こえが悪くなるのは当たり前という考え方なので、会社では役員クラスになると、むしろ人事から「着けなくて大丈夫か」と問われるそうです。もし数字の聞き間違えなどがあったら大問題になりますからね。日本のようにネガティブな話ではないんです。アメリカのみならず、日本でもビジネス界では現役であるほど、補聴器は必要だと思うんですが認識の違いは大きいですね。

日野:やはり仕事に対して責任感がある人であれば、すぐにつけるものだと思うよ。簡単なことなんだ。だから、補聴器をつけずに無理しているとなれば、こちらからすれば仕事を大切にしていない、無責任な人にしか見えないってことだよね。補聴器を使うことで、ネガティブな印象になるとか、現役感がなくなるとか、若さを演出したいとか、本人には理由があるんだろうけど、必要なのに着けない人とは、要は自分本位でワガママなだけなんだろうな。

天が日野皓正に生きる上での役割をくれた

清水:私は日野さんに出会って何度も勇気をいただいています。日野さんは以前私にこのようなことを話してくださいました。「がむしゃらに仕事をして、自分を磨き、高めていくんだよ。そうすると自然と自分自身が無になり、私心が入らなくなってくる。人は素晴らしい曲だと褒めてくれるけど、これは自分が書いたのではなく、神様が自分に書かせているだけ。たまたま自分にそのような役割を与えられただけなんだ」とおっしゃったことがあるんです。おそらく当時の私に何かを感じ取っておっしゃってくださったのだと思います。この言葉にどれだけ影響を受けたか分かりません。
音楽はもちろん、今日、お召しになっているTシャツの絵も日野さんが描かれたものですよね。

日野:こないだは伊万里の焼き物に絵付けもしてきたし、油(絵)もやる。なんでもやるよ。

清水:絵の勉強されてきたんですか?

日野:いやいや。本当に天からやらされているんだよ。自然に手が動き、自然に曲ができる。オレ自身にはノウハウもないのになぜできるのか、それは自分でも不思議に思うことがある。それはね、神様が「もっと努力して人間を大きくしたら、次にやることをあげるよ」って言ってくれているように思っているんだ。だから与えられたこと一生懸命やるだけ。そういえばゴルファーでシニアのトッププレーヤーが、クラブがゴルフをさせてくれると言ってたね。いつもクラブに話しかけているって。

清水:一流の経営者も、世の中の役割として演じているだけ、と言います。日野さんの言葉を聞いたときに、やはりトップの方々は同じなのだと、しみじみと感じたんです。

日野:すごい人とふつうの人の違いは、血の出るような努力をしているか、していないかの差だと思っている。45歳の誕生日、目を覚ましたときに考えたんだ、「日本人で70歳を過ぎてもバリバリにトランペットを吹いているやつはいない」とね。だからその日からピタリと酒を止めたし、食事も玄米を主食に、無駄な塩分を摂らないよう、できるだけ醤油も使わないようにしている。天から生かされている、仕事を全うさせてもらっているからには、自分でもできることはしなくちゃいけないからね。

清水:日野さんがいつも「エネルギッシュ」なのは、気持ちに加えて、日々の努力があるからなんですね。これも日野さんが私におっしゃったんですが「もし手に大きなケガをしてトランペットができなくなったとすると、音楽しか知らないオレには何もない。でもそうなったらトイレ掃除屋でもすればいいんだ。そして誰にも負けないほど、トイレをピカピカにするんだ。でも大切なのはそれを続けること。その仕事ぶりを見た人は、オレにほかの仕事を任せようとするだろう。その連続だよ。会社だろうとスポーツだろうと、音楽だろうと、それはみんな一緒。気を付けなくちゃいけないのは、オレがオレがにならないこと。無になれるまで一生懸命努力することなんだ」と。

日野:デカいことばっかり言ってごめんね~(笑)でもこれは子どもたち※にも同じことを言っているんだ。「一音に命を張れよ」と。そうすれば聞いている人は何かを感じるものなんだ。「やらされている」ではだめで、それではふつうの人になってしまう。「他人に負けず日本一になろう」という気概でいかないと。

※せたがやこどもプロジェクトのひとつ。世田谷区立中学生によるビッグバンド「Dream Jazz Band (通称:ドリバン)」が迫力のジャズコンサートを開催するもの。メンバーは、世田谷区教育委員会主催「新・才能の芽を育てる体験学習」(企画制作:世田谷パブリックシアター)のひとつ「Dream Jazz Band Workshop」を通し、プロのジャズ・ミュージシャンのもと、本番までおよそ4ヶ月の練習を積み、コンサートを開く。今年で14年目を迎える同ワークショップは日野さんのライフワーク。

清水:日野さんはご自身の『日野皓正 Quintet(クィンテット)』でも、10代でも若手をどんどん登用していますし、私がブルーノートのライブを観に行った時はジャンルが違うDJ hondaとのコラボもやっておられました。そういう可能性ある若い世代をどんどん世の中に送り出すのも日野さんの役割だと思ってらっしゃるんでしょうか。

日野:アート・ブレイキー※とか、みんなそうだったよ。「My Son」ってかわいがってくれてね。彼のライブとか聴きに行くと、もちろん楽器は持っていくんだけど、舞台から「My Son, HINO.Come on!」って舞台に上げて吹かせてくれた。それはジョーンズ3兄弟※2も同じで、舞台から「今日は友達が東京から来てるんだ。上がってこいよ」って言ってくれたもの。そんなことを繰り返すなかで偉大なミュージシャンとセッションさせてもらえるという光栄なことがあったし、ロン・カーター※3と演奏できたときは嬉しかったな。だから同じだよ、先輩とはつねに後輩にチャンスを与えるもんなんだよ。

※1 世界的ジャズ・ドラマー。親日家としても知られる。1919年ペンシルバニア州生まれ、1990年没。
※2 ジャズ界で有名なジョーンズ3兄弟。長男ハンク(ジャズ・ピアニスト/1918-2010)、次男サド(ジャズ・トランペット奏者/1923-1986)、三男エルヴィン(ジャズ・ドラマー/1927-2004)。
※3 ジャズ・ミュージシャン、ベース奏者。1937年ミシガン州生まれ。

清水:そういう経験が可能性のある若者に活躍の場を与えているんですね。

日野:ジャズは古いスタイルを守るのが大切だと思っているプレーヤーもいる。でもそうやって廃れていく音楽はたくさんあるんだ。ジャズは聞いた人にいかに楽しんでもらうかが大切で、そのためにもこちらも変化していかなくちゃいけないんだよ。

つねに命を張って、オリジナリティを追求して いく

清水:日野さんがつねに心がけていることってどんなことですか?

日野:人の真似はしたくないということ。誰かのスタイルを真似るのは窃盗と一緒だからね。それに、命を張ってモノをつくったら他人と違うハズだと考えている。それだけ。

清水:気持ちはあってもなかなかできないですよね。

日野:さっきのトイレ掃除屋の話と一緒でね、何かをやらせてもらえるなら一生懸命やる、誰にも負けないようにやる、それくらいしかない。その努力をなんでもないと思う人もできない人もいて……本気になるかならないか、それが分岐点だね。

清水:本気で仕事に臨み、成功している人はどんなジャンルにもいますよね。ところで僕も親として悩むこともあるのですが、Dream Jazz Bandを通して、子どもたちや親御さんに対して思うことはありますか?

日野:子どもたちが一生懸命練習する、そうすると親が言うんだ。「うちの子、楽器ばっかりで勉強しません」って。別に「義務教育が修了してればいいじゃん」って思うし、言っちゃうけどね。ただ、それは経験でわかっていることなんだけれど、音楽を一生懸命やっていると、神様は生きていくうえで本当に大切な知識や経験をくれるものなんだよね。おそらくほかのジャンルでも、同じようなことがいえるんだろうけれど。

清水:う~ん、さすがに「中学まででいいよ」とは言う勇気がないですね。あと子どもの資質を理解しきれていない。

日野:子どもが生まれたら、厚いノートを用意して、最初に欲しがったもの、おもちゃ売り場で最初に行くところ、好きなテレビ番組とか、気づくことをすべて書いていくといい。そうした情報が十何年分積み重なったら、自分の子どもが何者かがわかるよ。「音楽しかない」「お笑いの道がいい」「学者肌だ」と、そういう子どもの資質がわかれば、どちらに向かせるのが正解かわかるだろうし、背中を押すこともできる。もちろん「うちの子、なんにもない」ってがっくりくることもあるだろうけど(笑) そんなときは高校に行かせた方がいいね!ただ、これからもっと海外と戦っていかなくちゃいけない時代になるんだから、親御さんは特別な才能を持った人材を育てていってほしいと思うね。

清水:私は中学のときから耳の病気で聞こえが悪くなり、長く「なんでオレばかり……」と後ろ向きでした。27歳のときに補聴器ユーザーになり、難聴も補聴器も逃げられない自分の運命なんだと受け入れざるを得なくなりました。しかし、ありがたいことに、補聴器のイメージを変え、抵抗のない社会を作ることが自分の使命だと気づき、これは天命だと教えていただいたのです。

日野:我慢するというのは神様がくれた最高のプレゼントだよ。冬の寒さを耐えてこそ、春に美しい花が咲く。美しさは我慢の証だからね。オレも子どものころは、当時の偏見もあっていじめられたと感じていてね、夜空を見あげて「なんでオレばっかり……」って腐ったときもあったよ。でも、天はそういうものに耐えたあとに、大きな何かを与えてくれるし、人生とはそういうものだといまはわかっている。それに他人の苦労がわかるのは、誰かと生きていくうえで大切なことだろう。そのためには、やはりさまざまな経験がなければいけないんだ。いまは世界中が他人をいじめるのがふつうで、醜いエゴイズムの塊がそこここにいる。恥を知らない人が増えているんだよね。そんななか他人を大切にして生きていることを見たり、感じたりするとオレも嬉しくなる。大切なことはいまも昔から変わらないんだ。

清水:ヒヤリングストアの理念は「補聴器のイメージを変える」ことなんです。まだヨーロッパのように制度が整っていないのでハードルが高いのですが、いずれはメガネのように気軽に使ってほしい。そのためにも私たちはもっともっと努力していかなければいけませんし、日野さんのようにユーザーの方々に多く発言してもらいたいと思っています。

日野:価格の面は国の制度にもよるから簡単にはいかないと思うけれど、清水さんの店のスタッフはあなたの意志を十分に受け継いでいると感じていますよ。アメリカではチップが必要で、そのためにオベンチャラも言うでしょ。けれど日本におけるサービス業はチップがないことで、根本が違っている。ヒヤリングストアに行くと、スタッフが与えられた場所で仕事を全うしていると感じるよね。それとね、みんながとてもいい顔をしている。従業員の顔を見れば社長がわかるよ。オレもジャズを背負っているという自負はあるけれど、あなたも補聴器の世界をなんとかしようとしている。背負っているという気概においては一緒だよな。

清水:ありがとうございます。今日は久しぶりにお話できて本当に嬉しかったです。今年、創業して16年になります。20年目にこれまでお世話になった方々やお客様を招いてイベントをしたいと思っているですが、そのときはぜひ、日野さんにスペシャルライブをお願いしたいんです。

日野:え~、そのころ80歳だろう、生きてるかわかんないぞ。

清水:大丈夫ですよ。日野さん、最初にお目にかかったときとまったく変わらないですから。

日野:こないだマネージャーに「オレはもうダメだ。数字は覚えられないし、人の名前は出てこない」って言ったらね、「あ、20年前からそうですよ」だってさ。確かに変わってないんだな(笑)